「津藩 藤堂和泉守上屋敷と門長屋」日本近代医学とタイポグラフィ揺籃の地

東京都千代田区神田和泉町1

「津藩 藤堂和泉守上屋敷と門長屋」
日本近代医学とタイポグラフィ揺籃の地

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平野富二の東京初進出の場所

「江戸名所道外盡十 外神田佐久間町 廣景画」 安政六年
(「平野富二 生誕の地」碑 建立 有志の会 所蔵)

このたび当会にて、「江戸名所道外盡十 外神田佐久間町 廣景画」(安政六年)を購入いたしました。

経緯は以下の通りです。

2016年12月20日ころ、〈「平野富二 生誕の地」碑 建立 有志の会〉の結成直前。

板倉雅宣・櫻井孝三・古谷昌二・片塩二朗・大石 薫・日吉洋人氏らが本会事務局に集合し、長崎での平野富二 生誕地が判明した現在、平野富二の東京初進出の場所の確定が話題になりました。

文書記録では「神田佐久間町三丁目」が多く見られるが、それはどうも違うようだとの話となり、現:和泉公園の辺りではないか……と活発な議論と成るも結論を得ずに散会しました。

2016年年末-2017年正月、片塩氏が司馬遼太郎『本郷界隈』、森鷗外『雁』、石黒忠悳『懐旧九十年』などから、医学校が、藤堂和泉守上屋敷の門長屋(現:東京都千代田区神田和泉町1)におかれ、ここに本木昌造「文部省御用活版所」が開設され、その隣接地に平野富二一行が進出したことを確認しました。

2017年01月初旬、有志の会てに上掲、神田和泉町関連資料の抜粋を紹介。まもなく古谷昌二氏より都立中央図書館所蔵、まったく同日に、平野正一氏より国立国立国会図書館所蔵「江戸名所道外盡十 外神田佐久間町 廣景画 安政六年」デジタルデーターが発掘されました。

2017年11月11日、バスツアー「メディア・ルネサンス 平野富二生誕170年祭」のプレイベント:「江戸・東京 活版さるく」(主催:朗文堂 サラマ・プレス倶楽部)が開催され、参加者とともに、神田佐久間町と神田和泉町の位置関係を確認・訪問し、「神田佐久間町三丁目」としか記録できなかった当時の状況を参加者と理解しました。

{この成果は、翌2018年秋『タイポグラフィ学会誌 11』[タイポグラフィ学会発行]に発表され、「江戸名所道外盡十 外神田佐久間町 廣景画 安政六年」が、ひろく知られるようになりました。}

2017年11月24日[金]-26日[日]、「メディア・ルネサンス 平野富二生誕170年祭」(日展会館 新館)にて開催され、展示・講演資料として「江戸名所道外盡十 外神田佐久間町 廣景画 安政六年」がひろく公開されました。

「メディア・ルネサンス 平野富二生誕170年祭」展示資料
「津藩 藤堂和泉守上屋敷と門長屋」

また、当会代表の古谷昌二のブログにて、下記の記事を公開いたしました。
2018年10月「文部省御用活版所の開設」
2019年01月「東京進出最初の拠点:神田和泉町」

そしてこのたび、2019年02月06日、懇意の古書店より「江戸名所道外盡十 外神田佐久間町 廣景画」(安政六年)の購入といたしました。

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